宇津井優一の鬱ブログ

うつ病になったらこうなる

うつ病の根本の原因は両親の愛情不足だったと感じた体験談!

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うつ病の根本の原因は両親の愛情不足だったと感じた体験談!

今から9年前、24歳の時うつ病と診断されました。

当時私は介護の仕事をしていました。

幼き頃の記憶


前任の管理者が退職し後任の私は、前任の管理者よりも実績を残そうと毎日奮闘してました。

お恥ずかしい話ですが、私の両親は小さい時からすごく仲が悪く喧嘩や暴力が絶えない家庭でした。

この頃の喧嘩は本当にひどく警察沙汰になることもしばしばありました。

そんな家には帰りたくない逃げたい気持ちと両親の仲を取り持たなければという正義感で当時の私は限界に近かったのだと思います。

介護の仕事なので夜勤もあり家に帰れない日も多々あり、ありがたいことに業績は右上がりで仕事が楽しくて仕方がありませんでした。

ある日、上司から渡された書類を読んでも頭に全く入ってこない緊急事態が起こりました。

正直焦りました。

自分の異変に気付いたのはこの時だと思います。

ですが誰にも言えず、そして自分の異変を無視し続けました。

数日後、上司から昼休みに呼び出され、心療内科に行かない?と言われました。驚き半分、やっぱり私は変なんだと思いました。

仕事だけが拠り所だった私は心療内科に行く=仕事を休むことになるのでは?と思い、心療内科の受診を断りました。それから数日、仕事中、突然私の体が全く動かなくなりました。

周りの音も、利用者様の声も、他の職員の声も全く聞こえなくなりました。ここからは記憶が飛んでいるのですが、私のフリーズ状態に気付いた同僚と上司が心療内科に連れて行ってくれたそうです。

何をどう自分の症状を説明したかあやふやなのですが、寝れてますか?の問いに、そういえば2週間ほど寝ていないことに気づきました。妙にハイテンションになり、全く眠気がこないのです。

気を失った過去がトラウマに


医師にも上司にも、会社のことはいいから一度休んだ方がいいと言われ私は大泣きしながら過呼吸になりそのまま気を失ったそうです。

前述した通り、両親の仲の悪さを知っていた上司や同僚は、言葉もうまくしゃべれない、相手が何を言ってるかもよくわからない私が病状を説明するのは難しいと判断し、病院から私の家まで来てくださりました。

私の症状を説明した上司にうちの娘がうつ病と診断されたのはお宅の会社のせいだと憤慨し、上司に申し訳なくその場でまた大泣きして気を失ったそうです。

過労もあったのは事実ですが、私のうつ病の根源は両親の不仲にあると医師から言われました。

幸せな未来の為に


現在私は結婚して7年になります。

いまだに両親に会うと次の日は1日中寝込みます。

蕁麻疹もでます。

でも以前に比べると、熱を出すことも少なくなりました。うつ病と診断されたときは、まさか自分がなるとは思ってもいなかったですし、うつ病なんてと受け入れられませんでした。

大好きな仕事も辞めて私には何が残るのかと落ち込むこともたくさんありました。ですが自分の病気を認めて向き合ってから服薬の量が減りました。減薬は本当に本当にうれしかったです。

長い長い道のりです。調子がいいときもあれば悪い時もあります。

ただ私が一番気を付けていることは、いい時と悪い時のふり幅をできるだけ最小限にすることです。ふり幅が大きいととっても疲れます。うつ病になり9年、いつ治るかわかりません。

ですがあまり気張らず、いつか治ると信じています。

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