宇津井優一の鬱ブログ

うつ病になったらこうなる

うつ病は患者の心を理解してくれる医師が最大の治療薬だった!

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うつ病は患者の心を理解してくれる医師が最大の治療薬だった!

うつ病なったきっかけははっきりしていません。

と言いますのは、あまりにいろんな事が重なってしまったために特定するのが困難なのです。

仕事が全くできなくなってしまったうつ病


会社のリストラ、離婚、母の死、兄弟との確執などが一時期に起こり、気が付いたら体が動かなくなってしまっていました。

それでも初期の頃はある程度の休養期間をとれば回復もしていましたので、仕事もアルバイトならばこなせていました。

その後再発と回復を繰り返すうちにだんだんと回復が遅くなり、ついにはアルバイトでさえできなくなるに及びました。

うつの症状だけでなく、社会性不安、メニエールとパニック障害の症状まで出始めたところで仕事への復帰は完全にあきらめるに至りました。

とはいえ生活する為には収入を確保せざるを得ませんので、市役所などに何度も相談に行くこととなりました。

しかしながら抑うつ状態になると体が動かなくなるので、約束の日時に相談を受ける事すらできずに、何の補助も受ける事が出来ませんでした。病院にも定期的に通うのが困難になり、自宅療養に切り替えて回復を待つことにしました。

たまに体が動くときに精神科を訪れこちらの状況を説明して受診出来ないか打診を続けているうちに、やっと一軒だけ診てくれる病院を見つける事が出来ました。

新しい医師は病気の全快ではなく、症状の緩和を考えるように指導してくれました。

ここで気が付いたのは全快を目指すこと自体がストレスだったという事です。

それからは以前の病院とは全く違う治療法のせいで月に二度の通院を続ける事が出来るようになりました。

薬のおかげで前向きになれた体験


当初から通院が困難な事に理解を示してくれたおかげで出来た事だと思っています。医師からは治療というよりも気を紛らわせるような事を言われることが多く、自然と通院が楽しくなっていきました。

薬も使用するかどうかは自己判断に任せると言ってもらった事で、完全に失っていた自身も少しは回復できたのかと思います。

三か月も経つと、自分で治療法の様なものを考えるようになり、それを相談する為に病院に行くようになりました。医師は基本的にやってみる事を承認してくれ、私自身も何かに挑戦する事が楽しくすら思えるようになりました。

しかしながら明確な目標を設定してしまうとプレッシャーになりますから、あくまで緩い目標しか設定しませんでした。すると挑戦する事というより、医師に報告する事で気が楽になっていくのが自覚できたのです。

この時点で私は全快とまでいかなくても、アルバイトくらいは出来る自信が持てるほどになっていましたが、医師はまだ様子を見るようにと指導してくれていました。

はっきり言ってもどかしさが募る毎日でしたが、医師に対する尊敬の念だけでアルバイトにも応募せずに治療に専念していました。そんなある日別段嫌な事があった訳でもないのにいきなり体が動かなくなってしまい、病院に電話するのがやっとの状態に陥ってしまいました。

動けない事には医師に相談する事も出来ずにほぼ寝たきりの状態でしたが、ある日思いがけずに医師からの電話を貰いました。

往診してもいいからとまで言ってもらい、涙したのを覚えています。

それをきっかけに徐々に回復する事が出来たのだろうと思います。

四か月を要しましたが、通院を再開する事が出来るようになり以前と同じような治療を再開する事が出来ました。

現在も通院を続けていますが、医師からのアドバイスで自宅で出来る仕事を始める事が出来ました。ただ無理をするとまた倒れるという恐怖心は残っていますので、出来る時だけするという段階です。

それでも何かできるというのは、それだけで安心感を得る事が出来ます。

まずこの状態をキープする事が重要なのだと感じていますが、長くなっても何となく耐えられる自信だけは持てています。

うつを治療するのは極めて難しいという事を身をもって体験していますが、あきらめることなく手を差しのべてくれる医師の存在無くして治療を続けるのは無理だと思っています。

医師はうつ病を体験しているわけではないので、患者の訴えを全て理解できるわけではありません。

それでも理解しようとしてくれる医師の心が私の最大の治療薬だと感じています。

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