宇津井優一の鬱ブログ

うつ病になったらこうなる

うつ病でメイクをするのも面倒になってしまった!

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私が初めて、欝になったのは22歳の時でした。

仕事がハードになってきて、接客業なのに、うまく笑えなくなったり、何でもないのに、イライラしたりと、自分が自分じゃないみたいになってきました。

当時同居していた母親が私の異変に気づいて、「貴女少し変じゃない?」と言われましたが、私は「大丈夫」とだけ言って、毎日仕事に行き続けました。

しかし、気分が優れないし、夜もあまり寝れずに、段々朝が来るのが怖いと思うようになりました。友人からの誘いも段々面倒になり、仕事以外で、外出することもなくなってきました。

ある日、出勤前にまったく、メイクをするのが面倒になって、すっぴんで、出社すると、びっくりした同僚が今日は帰ったほうがいいよと、行って来て、私はむきになって、私は大丈夫と、怒りをあらわにしてしまいました。

なんか、段々自分の感情をコントロールすることが出来なくなってしまいました。

皆が私を心配している、私おかしいのかな?と自問自答するが、そんなことないと、言い聞かせて、毎日働きました。

しかし、夜は眠れない、食欲もなく、何も食べたくなくなってきて、3キロ体重が落ちました。その時くらいから、自殺願望に襲われて、リストカットをしたり、死にたいと思うようなりました。

さすがに、母親も私をほっておけずに、朝から、私をタクシーに乗せて、地元の精神科に連れて行かれました。

そこで、先生の前で、私が「死にたい」と泣きながら言うと、「君をこのまま帰すわけにはいかない。」と一言言って、私はそのまま強制入院になりまいした。

鬱と診断されました。私は病院の中の、病棟にある一般の部屋ではなくて、保護室と言われる隔離された病室に入れられました。

そして、看護師がこの薬を飲みなさいと言われて、私は、薬なんか飲みたくないと、看護師と喧嘩になりました。

しかし、薬を飲み始めてから、スーッと眠れるようになり、ほとんどの、時間を保護室のベットの上で、過ごすようななり、心配した弟が、CDプレイヤーと、いくつかの、CDと、本をいくつか、持ってきてくれました。

私は「ヤドカリ」と言うインディーズのバンドの曲をずっと聴いていました。

弟が持ってきてくれた本に「ハッピーバースデー」と言う本があり、それを音楽を聴きながら読み漁っていました。週に3回、カウンセリングがあり、少しづつ回復していきました。

それから間もなく、2週間の入院で退院できました。しかし、今後も薬の服用と、通院を続けなくてはいけないと言われて、それから、今の歳になるまで、服薬と通院をしています。

おかげさまで、鬱の症状は薬で抑えられているのか、気分が落ちたり、自殺願望はなくなりました。今は、結婚して、普通に働いています。鬱は、自分に合った薬に出会えば上手に付き合っていける病気だと知りました。

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