宇津井優一の鬱ブログ

うつ病になったらこうなる

うつ病を体験した大学の教員のエピソード!

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52歳の、とある大学の教員をしている女性です。 

その大学には教授として着任をしました。大学教員歴は長く、大学の中でそれなりに業績を積み、順調に職位を上げていきました。 

准教授として別の大学で仕事をしていたとき、大学院時代の恩師の先生から、別の大学での教授をしないか、というお誘いを受けました。

当初は、私にはそのような立場での仕事は無理ということで、ご辞退していたのですが、恩師の先生から、かなり強い後押しがあって、年齢的にもチャレンジをしてみようという気持ちになり、お引き受けをしました。 

その大学に着任をしてみたところ、恩師の先生もご存じなかった、複雑な人間関係があって、私の前任者はそれがいやで退職をした、ということがわかりました。

特に、私の直属の部下となる教員に、とてもパワフルな人がいらして、その人から、ある意味、逆のパワハラをされた、ということも前任者が退職をした理由の一つでした。 

私もその人とうまくやっていけるのだろうか、とかなり不安になりました。

通常ですと、私の方が職位が上であり、上から下へ、ということですから、こちらがどちらかというと強く出れるはず。

でも、その人にかかると、何かするとすぐに、パワハラをされた、ということで、学内のハラスメントに対処をする委員会に申し出をされる、ということらしく、それを考えると何も言えなくなる、そのような状況になりました。 

その大学を辞めることも考えたのですが、辞めてしまうと、独身の身ですから、貯金を切り崩しての生活になってしまう、ということや、せっかく、恩師が紹介をしてくださったのに、恩師の顔に泥を塗ってしまうことになる、ということ、さらには、教員としての私の今後のキャリア、そういったことを考えると、どうしてもそれができない、と思いました。 

そんなことを思っているうちに、だんだんと夜眠ることができなくなっていきました。また、大学に行こうと、玄関のドアを開けようと思うのですが、ドアが開けられなくなってしまいました。

 これは、だめだ、と思って、友人の勧めもあって、心療内科を受診したら、うつ病で、3か月程度の休職が必要、という診断が出ました。内服治療を続け、また、睡眠導入剤を利用して、なんとか、夜眠れるようになり、大学以外の外出は少しはできるようになっていきました。

 そうやって、3か月が経過したあと、医師からは、大学に戻るか、それとも、このままもう少し休むか、と尋ねられ、その部下のことを考えると、どうしても大学に行く、とはいえず、もう少し休みたい、と希望し、結局のところ、年度末まで休むことにしました。

今現在も、自宅で療養をしています。

今後、その人がいる大学に戻ることができるのか、不安な気持ちでいます。

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