宇津井優一の鬱ブログ

うつ病になったらこうなる

うつ病笑えない!自覚症状のない恐怖のサインで病状が長期化!

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大学2年生になったばかりの頃、部活の練習中に私が一年間好きだった先輩が命を落としました。

この時、私はあまり記憶に無いのですが、10日くらい一人暮らしの部屋に閉じこもり、どれだけ友達がドアをノックしても開けようともしませんでした。

部屋から光が漏れるのが嫌で、カーテンレールの上にバスタオルをおいて、光が漏れないようにしていました。

友達が時々ドアノブに食料品を買い物袋に入れて吊り下げいてくれて、それを食べたか食べてないか記憶はないのだけれど、きっと食べていて、それで生きながらえたんだと思います。

生きている感じがしなかった学生生活

学校に行き始めた初日、私は暗い顔一つせずに、普段どおりの感じで友達たちに「おはよう!」「おはよう!」って挨拶をしていました。

まるで何事もなかったかのように。友達や先輩たちは余計に心配していたようでしたが、私は「大丈夫だよ」と笑顔で答えていました。

思えば、ここがうつのはじまりだったのかなあと思います。

何かして欲しいことがあっても黙る。

いつでも力になるから、声をかけてねと言われても心にしまいこむ。

困ったことがあったら言ってねと言われても言わない。

思春期時代のトラウマは大人になってもしっかりと覚えていてトラウマになってしまう人をいることも覚えておいて欲しい。

もう何もかも疲れた。

そんな思いの中でも自分一人の力で這い上がってきました。

トラウマを引きずったまま社会人に

社会人になり、最初に就職した会社でセクハラを受け退職し、知人の紹介で2つ目の会社に正社員として入った時に、私の能力以上の仕事を要求され、それを社長に訴えたけれど、

「僕は君が十分できてると思っているから任せているんだよ」と言われ、

逃げ場がなくなり、おまけに翌年、私がしている仕事を、浪人してまで大学で勉強してきた女の子が入ってきて私はほっとしたことを思います。

これで、私の負担が減るわと。

でも、次の仕事も、その次の仕事も、担当者は私でした。

後輩の女の子からは、なぜ勉強もしてないあの人ばっかり仕事をもらうのか、と妬まれ私はやりたくもない仕事のために夜も寝ないで勉強しなければならず、もうどうしていいか分からなくなっていました。

亡くなった先輩が努力する大切さを教えてくれたからかもしれません。

どんなに辛くても、努力をすれば必ず報われることができると。

しかし現実は違ったのです。

自覚症状のないうつ病

職場で一つの大きな仕事が終わりました。

とても大変な仕事でした。

こんな大きな仕事をやり終えた後だから、さすがに次の仕事は後輩の彼女だろう、と思って社長の話を聞いていると、なんと、次の仕事も担当者は私でした。

私の中で、何かがプツンと切れた感じがありました。

次の日から会社に行けなくなり、同時にあまりその日からの記憶がありません。

数ヶ月、部屋に篭っていたようでした。

どうやって食べていたのか、家賃はどうしていたのか、全く記憶にありません。

ただただ寝ていました。

ひとつ覚えている事は、大きなハエがたくさんぶんぶんと飛んでいた事です。

大きなハエ、と言う事は、何かの食べ物が腐り、ウジが沸いてきてハエになったのでしょう。

大家さんからの連絡で両親が様子を見に来ました。

と言っても記憶には無いのですが。

そこで両親が部屋を片付け、引越しの手続きをし、私を実家に連れ戻しました。

これもまた記憶にはありません。

「部屋の隅が血だらけだったのは、あれは何?」
と聞かれても、自傷行為をした形跡はないし、さっぱりわかりません。

「知らない」
と答えることしかできませんでした。

この頃は、うつ病だなんて思ってないから病院にも行っておらず、何の対策もとっていませんでした。
その時がまだ、20代前半でした。

遅すぎた結庵でうつ病で笑えない日々が持続化

実家でしばらく静養し、その後は、自分には正社員で働くのは無理だと思い、派遣社員として1~2年契約で沢山の会社を転々としました。

派遣社員でいる間は、契約終了期間が明確だったし、仕事の内容も限られていてそんなに責任の重いものではなかったし、人間関係も深く入り込むような事も少なかったので、なんとか続ける事ができました。

そんな生活を10年ほど続け、30代の前半になると、このまま派遣社員でいる事での先行きの不安を感じるようになりました。

そこで、一大決心をして再びコンサルタント会社で正社員として働く事を選択しました。

その間、私生活で付き合っていた彼氏といろいろとトラブルがあり、私の精神状態はまた乱れ始めました。

その頃はさすがにおかしいと思い始め、心療内科に通い始めました。

うつ病と診断され、私の闘病生活は30代前半から始まり、現在も治療中です。

せっかく正社員で入った会社も辞めました。

今思えば、20代前半に気づき治療を始めていれば、もっと早くに治っていたかも知れません。

まとめ

あなたの心と体は大丈夫でしょうか?

今の自分は過去の自分の行動の結果です。

この結果をいいか悪いか捉え方はあなた次第。

自分の力で何も出来ない場合は、手放す努力も必要かもしれません。

とくに頑張りすぎてしまう人は、少し自分の限界を把握しておく必要があります。

少しでもネガティブな発想を捨て去り、潜在意識レベルで出来たことに対して喜べる身体になるよう思考するといいかもしれません。

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