宇津井優一の鬱ブログ

うつ病になったらこうなる

うつ病だからそんなに期待しないで!学力低下の重圧!

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私がうつ病になってしまった原因として今思えば「期待されることの重圧」だったと言えます。

学生の頃から見た目が真面目そうに見えることから「頭良さそう」とか「勉強できそう」と言われることが多かったです。

本当はそんなに勉強も出来る方ではないですし、科目によっては平均点以上取れることもありましたが、そうではない科目もあり、決して頭が良いとは言えない学力だったのですが姉との学力比較が背景にありました

姉は某有名大学を卒業している

姉が某有名大学を卒業している分私も期待されていました。

姉と比較されやすい為周りからの期待やプレッシャーが多かったです。

クラスメイトの中でも高い点数が出せる教科もありましたが、全体を通してみると平均より少し上くらい。

「そんなことないよ」と否定しても「またまた謙遜しちゃって」と言われてしまったり「本当は出来るのに隠している」と思われてしまったりして、結局何を言っても信じてもらえませんでした。

頑張れば良い点を取れることもありましたが、それは毎日の復習を欠かさず行い、毎日がテスト勉強のような感覚で勉強をしていました。

授業を聞いているだけでは当然理解出来ず、分からないところを先生に教えてもらったり、必死になって勉強をしました。

学校を卒業して就職をしても、真面目そうに見えるとか仕事出来そうと言われることは変わりませんでした。

学力アップを義務化してしまう

「貴方なら出来る」「期待しているから頑張れ」と言った言葉を頻繁にかけられていくうちに学力アップすることが私の義務となってしまいました。

期待には応えたい気持ちはありますが、出来ないこともあるので助けて欲しいのに、助けてと呼べず、助けを呼んだら「もっと出来るかと思った」と言われるのが怖かったので、出来ないことも出来るふりをしてしまうことも多々ありました。

分からないことも自己流で解決させてしまっていたので、本当はどのようにすれば良いのかは全く分かりませんでした。

しかし、相手からすると分からないと言ってこないから出来ているものと思い込んで、分かっていると勘違いして「理解力がある」「この調子で期待しているよ」と言われてしまい、本当は分からないことだらけでいっぱいいっぱいなのにと苦しくなりました。

ある時、起き上がることが出来なくなり、少し体調も悪かったこともあり休みをもらいました。

ちょうどインフルエンザが流行っていた時期だったので、無理して出勤して感染させたら大変だと様子を見ました。

ところが、次の日になっても起き上がれなくなりまたお休みを貰うことになりました。

奈落の底に落とされたうつ病診断

身体の調子がおかしい日々が続いたのですが、これくらい大丈夫と思いさらに勉強を頑張りました。

母親に体調不良を見抜かれましたが、怒られたくない為「大したことないよ」と嘘までつく始末。

この時自分の心にちゃんと正直になっておけば良かったと今でも後悔してます。

そして、とうとう体の限界がきてしまい、次の日になって本当に身体が動けなくなって布団から起きれず、電話するのも怖くなって学校を欠勤をしてしまいました。

しかし内科にいっても異常なしと仰天の診断。

何も異常がないのに欠席なんて絶対にしてはいけないと自分自身をさらに追い込んでいきました。

母も私の体のことよりも「このままじゃ勉強が遅れてしまう」と言われ、あまり心配してもらえずショックな気持ちになりました。

「若いんだし」「頑張らなきゃ」という言葉がグルグル回って、本当は出来ないと言いたいのにと思うと涙が止まらなくなりました。

どんどん日にちが過ぎていき、家に友達が来ることになってしまいました。

家に来られても、出られる状態では無く、正直お風呂にも入ってなく、引きこもりだったので出るに出られない状態でした。

母からは「家にずっといられるのは困る」と強制的に病院に連れて行かれ、うつ病と診断されました。

不安と恐怖の毎日が続いたうつ病生活

病名がついた時は、この苦しみの正体が分かってなぜかホッとした。

今まで異常なしと言われて、不安と恐怖と戦ってきたので。

お薬を処方されましたが、私のうつ病の進行具合は深刻化していました。

もう少し早い段階で治療しておけば良かったと心の底から思いました。

判明したからと言ってそこで解決せず、通院は何とか行けても、それ以外では家から出られない状態は続きました。

「気の持ちよう」と言う言葉は、とても重たく、本当の自分を出せません。

母の期待に応えることが出来ない自分が情けない。

昔から言われ続けていた「期待されている」がうつ病の引き金になってしまうとは思っていませんでした。

うつ病への考え方が変わってくれた母


徐々に原因を突き止めていくと、期待されることによって重圧がかかり、自分が自分でいられなくなって、それがある日キャパオーバーして爆発して無断欠勤という形で現れ、布団から出ることが出来なくなって、うつ状態を引き起こしてしまったと言えます。

母は「このままじゃダメよ!なんとかして頂戴!」と言われ、自分の本音をぶつけました。

「お母さんも私の病気のこと勉強してよ!」と。

その次の日に、テーブルの上に読みかけだったうつ病の本がありました。

母から「ごめんね理解してあげられなくて」という言葉に私は涙が止まりませんでした。

それから私はお薬を飲み3ヶ月でなんとか復帰することが出来き、自分のペースで勉強に挑戦。

学力もみるみる上がり成績も学年トップになりました。

私はうつ病になったことで、自分にあった勉強方法、母との関係性の回復、ストレスを発散する方法を学ぶことが出来ました。




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