「サンダー3 パクリ」って検索窓に打ち込んだ瞬間、なんとなく後ろめたい気持ちになった人、たぶん僕だけじゃないはずです。
好きで読み始めた漫画のタイトルの後ろに「パクリ」なんて言葉がくっついてくるの、正直ちょっと切ないですよね。でも検索してしまう気持ち、痛いほどわかります。だって『サンダー3』を読んでいると、明らかに「あの漫画」を思い出す瞬間が何度もあるから。
この記事では、イメージや感情論だけで「パクリだ」「いやパクリじゃない」と言い合うのはやめにして、実際に公開されている情報だけを並べながら、『サンダー3』と『GANTZ』の関係をできる限りフラットに比較していきます。読み終わる頃には、検索窓に打ち込んだあの後ろめたさが、ちゃんとした納得に変わっているはずです。
先に僕自身のスタンスをはっきりさせておくと、僕は『サンダー3』も『GANTZ』も両方とも好きです。だからこそ、どちらか一方を持ち上げるために都合よく事実をねじ曲げるようなことはしたくありません。似ている部分は素直に「似ている」と認めるし、独自だと思う部分は胸を張って「これはオリジナルだ」と言い切る。そのくらいフェアな目線じゃないと、この手の比較議論は結局、水掛け論にしかならないんですよね。それではさっそくいきましょう。
リアルな背景CGや異星人とのバトルなど、GANTZと共通する設定の事実
【特別公開】本日5月6日(金)発売の月刊少年マガジン6月号より新連載の『サンダー3』第1話を特別公開! 超新星が贈る常識を覆す驚愕作、開幕です!!
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— サンダー3【公式】@アニメ放送中❗ (@thunder3_ikeda) May 5, 2022
まず最初に、なぜ『サンダー3』が「実質GANTZ」とまで言われてしまうのか、その理由を整理しておきたいと思います。
『サンダー3』は月刊少年マガジンで連載されていた池田祐輝さんの漫画で、実はこれが池田さんの商業デビュー作にあたります。物語は、身体の小さい中学生トリオ「スモール3」が、異世界に迷い込んでしまった主人公の妹を助けるために奮闘するというもの。SNS上では連載初期から「絵のタッチと台詞回しがGANTZそっくりだ」という声が相次いでいて、あるユーザーは「実質GANTZという文句で勧められて読み始めたら、序盤からGANTZの気配が漂ってきて驚いた」という趣旨の投稿をしているほどです。
このあたりの反応、正直めちゃくちゃわかります。僕自身も最初の数話を読んだとき、頭の中で自然と『GANTZ』のあの独特な緊張感がフラッシュバックしました。
具体的にどこが似ていると言われているのか、事実ベースで整理してみましょう。
背景に使われる写実的なCG表現
『GANTZ』といえば、渋谷や新宿といった実在の街並みを、写真をトレースしたようなリアルなCG背景で描くスタイルが大きな特徴でした。ネット上のQ&Aサイトでも「なぜサンダー3の絵柄がGANTZに似ているのか」という質問に対して、背景にCGらしき技法が使われているからではないか、という回答が寄せられています。実際に『サンダー3』も、現実の都市を舞台にしたバトルシーンで緻密な背景が描き込まれており、キャラクターの書き込みと背景の情報量のバランスが、確かにGANTZ的な読後感を生み出しているのは間違いありません。
異星人との命がけのバトル構造
もうひとつの共通点は、物語の根幹にある「異星人と人類の戦い」という骨格です。『サンダー3』では、地球にやってきた異星人が人間を簡単に殺してしまう様子が描かれ、それに反抗する組織「リベリオン」が登場します。空手が得意な大学生・瀬上というキャラクターは、異星人に虐げられる人々を目の当たりにして、なかば自暴自棄気味にリベリオンの集会に飛び込んでいくのですが、この「圧倒的な力を持つ侵略者に、普通の人間が巻き込まれていく」という構図自体は、たしかにGANTZ的なSFバトル漫画のフォーマットを踏襲していると言えます。
作画スタッフに関するネット上の噂
ここはあくまで噂の範囲として紹介しておきたいのですが、ネット上では「サンダー3の作者は奥浩哉さんの元アシスタントなのではないか」という説が以前から囁かれています。奥浩哉さんがSNS上で、独立したアシスタントに対して「あえて突き放すスタイルで見守っている」といった趣旨の発言をしたことも、この噂に拍車をかけたようです。ただし、これはあくまでファンの間で語られている推測であって、公式に発表された事実ではありません。真相を断定する材料は今のところなく、都市伝説的なポジションの情報として受け止めておくのが誠実な向き合い方だと思います。
「パクリ疑惑」が一気に広まったきっかけ
『サンダー3』は2022年6月号から月刊少年マガジンで連載がスタートし、翌2023年12月には人気マンガアプリ「ナンバーナイン」がTikTokと組んで開催した、読者参加型の応援企画「このマンガ読んだ?グランプリ」にノミネートされるなど、早い段階から話題性のある作品として注目を集めていました。話題になればなるほど、当然ながらSNSでの言及も増えます。そしてバズるツイートの多くが「実質GANTZ」というワードとセットで拡散されたことで、「サンダー3=GANTZのパクリ疑惑」というイメージが、作品の実態以上に一人歩きしてしまった側面は否めません。
面白いのは、多くの人が「パクリだと思って読み始めたのに、気づいたら普通に続きが気になっている」というパターンに陥っている点です。Yahoo!知恵袋のようなQ&Aサイトでも「サンダー3って漫画GANTZすぎませんか」という質問が繰り返し投稿されているのですが、その質問文の下にはたいてい「でも普通に面白い」「先が気になる」というコメントがぶら下がっている。つまり「パクリなのでは」という疑惑と、「でも読んでしまう」という中毒性は、まったく矛盾せずに共存しているわけです。これってよく考えるとちょっと不思議な現象ですよね。
漫画界では珍しくない「既視感論争」
実を言うと、こうした「あの作品に似ている」という指摘自体は、漫画の歴史においてそこまで珍しい現象ではありません。ヒット作が出れば、そのフォーマットを参考にした後続作品が生まれ、そのたびにSNSやレビューサイトでは「これって〇〇に似てるよね」という声が上がる。これは『サンダー3』に限った話ではなく、あらゆる人気ジャンルで繰り返されてきたお決まりのやり取りなんです。ただ、『サンダー3』の場合は、そのフォーマットの元ネタとされる『GANTZ』自体が発行部数2400万部を超える、業界でも屈指のモンスター級ヒット作だったこともあって、比較のインパクトが桁違いに大きくなってしまった。いわば「比較対象が大物すぎた」ことが、疑惑を必要以上に大きく見せている面もあるのではないかと僕は感じています。
絵柄が似ていること=ストーリーが同じ、ではない
ここで一度立ち止まって整理したいのですが、「絵のタッチや構図が似ている」ことと、「ストーリーやキャラクターが同じ」ということは、まったく別の話です。漫画における画風というのは、担当編集の方向性や使用しているデジタル作画ツール、アシスタント時代に染み付いた癖など、さまざまな要因によって形成されます。特に「実写のような背景に、デフォルメの効いたキャラクターを乗せる」という手法自体は、GANTZが確立した個性的なスタイルではあるものの、その後多くのSFバトル漫画に影響を与えた、いわば「ジャンルの共有財産」のような技法になりつつあります。『サンダー3』がそのスタイルを踏襲していること自体は事実ですが、それをもって即座に「パクリ」と断定するのは、さすがに早計だと僕は思います。
ちなみに個人的に一番笑ってしまったのは、「サンダー3を読み始めて30ページくらいでGANTZの気配が漂ってきて、思わず心の中で叫んでしまった」という趣旨の投稿です。序盤はほのぼのした学園コメディなのに、あるページを境に急にシリアスな死線が漂い始める。この落差にツッコミを入れたくなる気持ち、めちゃくちゃわかります。むしろこの「豹変っぷり」自体が、いい意味でのネタというか、作品の話題性を後押ししている面すらあるんですよね。パクリ疑惑がむしろ愛着に変わっていく、この現象自体がなんだか面白いなと思います。
でも、漫画というのは表面的な設定やタッチが似ているだけで「パクリ」と断定できるほど単純なものではありません。次の章では、『サンダー3』が『GANTZ』にはない、独自の魅力をどれだけ持っているのかを見ていきましょう。
『サンダー3』ならではのマルチバース(別次元)設定と独自の世界観
ここからが今回いちばん伝えたいポイントです。表面的な既視感の奥に、『サンダー3』にしかないオリジナリティがちゃんと存在しています。
物語の主人公は、手塚ぴょんたろうという名前の平凡な男子中学生。彼と仲良し中学生トリオ「スモール3」は、担任の教師「ドク」から怪しいゲームソフトを借りたことをきっかけに、異世界「マルチバース」への奇想天外な冒険に巻き込まれていきます。きっかけからしてもう独特ですよね。異世界転生でも憑依でもなく、「先生から借りたゲームソフト」という、どこか懐かしいB級感のある導入から物語が動き出すのです。
「アニメの世界」と「現実の世界」が融合するという発想
『サンダー3』の世界観でいちばん面白いのは、単なる異世界ファンタジーではなく、「アニメやフィクションのようなキャラクターが現実の世界に迷い込んでくる」という、二層構造の世界観になっている点です。読者のレビューの中には「異世界転生とも違うし、鏡合わせの世界とも違う。私たち読者側のリアルと、漫画やアニメのようなリアルが混ざり合っている」という感想が寄せられていて、これはまさに『サンダー3』独自の発明だと思います。
そしてもうひとつ面白いのが、身体の小さい「スモール3」の3人が、マルチバースの世界に足を踏み入れた瞬間、まるでスーパーマンのような圧倒的な強さを発揮してしまうという設定。理由として「重力が異なる世界だから」という説明がなされていて、これはGANTZの「黒い球体に転送されたプレイヤーが、与えられたスーツと武器で戦う」というシステマチックな強さの根拠とは、まったく異なるロジックです。GANTZが「与えられた力で理不尽な death game に立ち向かう恐怖」を描くのに対して、『サンダー3』は「普段は非力な子供たちが、異世界に行った瞬間だけ無敵になる」という、ある種の願望充足的なカタルシスを描いているんですよね。ここは似ているようで、実は真逆のベクトルを向いている部分です。
「先生から借りたゲームソフト」という導入の絶妙なチープさ
冷静に考えると、担任教師からゲームソフトを借りたら異世界に繋がっていた、という導入って、かなり大胆な選択だと思うんです。今どきの異世界ものであれば、トラックに轢かれるとか、神様に呼ばれるとか、もう少し「それっぽい」理由付けをするのが定番ですよね。でも『サンダー3』はそこをあえて外してきた。ドクという教師キャラクターの得体の知れなさも相まって、序盤はどこか昭和のジュブナイル漫画を思わせる、ゆるくて牧歌的な空気が漂っています。この「ゆるさ」から、後半にかけて一気にGANTZ的なシリアスでバイオレンスな空気へと転調していくギャップこそが、多くの読者を良くも悪くも驚かせているポイントなんですよね。
妹を助けるというシンプルで強い動機
物語の発端は、ぴょんたろうの妹・ふたばがマルチバースに迷い込み、異星人に誘拐されてしまうというもの。宇宙船の中で熱線銃の攻撃を受けても身体が無傷だったり、逃げ出したふたばを異星人の軍隊が本気で追いかけ回したりと、コメディとシリアスのバランス感覚がなんとも独特です。「兄が妹を助けに行く」というのは物語の動機としてはシンプルですが、そこに「アニメの世界のルールが通用しない現実」というひねりが加わることで、既存のSFバトル漫画にはなかった緊張感が生まれています。
大人パートと子供パートが並走する構成
さらに『サンダー3』には、空手が得意な大学生・瀬上を中心にした「大人パート」も存在していて、こちらは異星人に蹂躙される地球で、なかば捨て鉢な気持ちからリベリオンという抵抗組織に加わっていく人間ドラマが描かれます。「死ぬ前に彼女が欲しい」という、あまりにも人間くさい、というか正直ちょっと笑ってしまうくらい俗っぽい動機で組織に飛び込んでいくあたり、シリアスなSFの皮を被った、どこか抜けたユーモアが漂っているのも本作の持ち味です。子供たちの無敵バトルパートと、大人たちの生々しい人間ドラマパートが並走していく構成は、GANTZにはない『サンダー3』独自のバランス感覚だと僕は思っています。
テレビアニメ版で際立った独自の映像世界
『サンダー3』は2026年7月から、フジテレビの深夜アニメ枠「+Ultra」でテレビアニメが放送されています。オープニングテーマには優里さんの「サンダーボルト」が起用され、リベリオンのメンバーである如月澪や、組織にとって欠かせない人物である皇恭治など、原作の重要キャラクターにも新たに声優がキャスティングされました。渋谷での番宣イベントでは、謎の学ラン集団が街頭に現れるというインパクト抜群の施策も話題を呼びましたよね。
アニメという新しいフォーマットになったことで、原作漫画では気づきにくかった『サンダー3』独自の映像表現も見えてきました。特にマルチバースの世界に切り替わる瞬間の演出は、単なる異世界転移とは一線を画す、現実とフィクションが溶け合っていくような不思議な質感で描かれています。GANTZの実写映画版が「都会の一角にリアルな殺し合いの舞台を作り出す」ことに主眼を置いていたのに対して、『サンダー3』のアニメ版は「日常の延長線上にファンタジーが染み出してくる」ような、まったく異なるベクトルの映像美を追求しているんです。ここは原作だけでなく、アニメも合わせてチェックすることで、より違いが実感できるポイントだと思います。
「小さくて弱い」を裏返す物語構造の巧みさ
『サンダー3』というタイトル自体、身長の低い「スモール3」の3人組を指しているわけですが、普段の学校生活では「小さくて頼りない」存在として描かれている彼らが、マルチバースの世界に足を踏み入れた瞬間だけ、誰よりも強い存在に反転する。この落差の演出が、実はものすごく気持ちいいんですよね。GANTZが「ごく普通の人間が、理不尽なルールの中で否応なく戦わされる恐怖」を軸にした緊張感のある作品だったのに対して、『サンダー3』は「普段は日の当たらない存在が、異世界でだけスポットライトを浴びる」という、痛快さと爽快感を軸にした作品として設計されています。同じ「異星人との戦い」というモチーフを扱っていても、読んでいるときに感じる感情の温度が、実はまったく違うんです。
こうして見ていくと、『サンダー3』は表面的な絵柄やジャンルの近さこそGANTZを彷彿とさせるものの、中身のロジックや物語の動機づけは、かなり独自の方向に舵を切っていることがわかります。似ているのは「入り口」だけで、奥に進むほど別の景色が広がっている、そんなイメージです。
パクリではなく、リスペクトやオマージュとして高く評価されている理由
「設定のアイデア」と「表現の盗用」は法律的にも別物
そもそも論として、「異星人が襲来する」「命がけのバトルが繰り広げられる」「写実的な背景で緊張感を演出する」といった、ジャンルとしてのアイデアやモチーフそのものは、特定の作者だけが独占できる権利ではありません。著作権が保護しているのは、あくまでキャラクターの絵柄やセリフ、具体的なコマ割りといった「表現そのもの」であって、ざっくりとした設定やジャンルの枠組みは保護の対象外というのが一般的な考え方です。つまり「侵略してくる異星人と戦う話」という骨格が似ているだけでは、法律的な意味での盗用にはあたらないというのが、多くの創作物における共通認識なんですね。もちろん、これは僕個人の一般論としての整理であって、個別のケースを裁判所が判断したわけではありません。ただ、少なくとも「似ているから即アウト」という単純な図式では語れない話だということは、頭の片隅に置いておいて損はないと思います。
ここまでの内容を踏まえたうえで、最後に「パクリ」というレッテルについて、少し冷静に考えてみたいと思います。
そもそも「異星人が地球に襲来し、写実的なCG背景の中で人類が命がけの戦いを繰り広げる」というフォーマット自体は、『GANTZ』だけが独占しているものではありません。実際、僕がこれまで紹介してきた『テラフォーマーズ』も、宇宙を舞台にした異形の敵との死闘というジャンルで高い評価を得ていますし、SFバトル漫画というジャンルそのものが、長い歴史の中でお互いに影響を与え合いながら発展してきたジャンルなんです。ある作品の設定やビジュアルの一部が過去のヒット作と似ているからといって、それだけで「パクリ」と断定してしまうのは、ジャンル全体の成り立ちを無視した乱暴な判断だと僕は思います。
読者レビューに見る「化学反応」への高評価
実際のレビューを見てみると、単純な「パクリだから駄目」という声だけではなく、「GANTZみたいな世界観の中に、ポップで可愛らしいスモール3が迷い込むという設定は斬新」「表紙からは想像もつかない衝撃的な内容だった」「現実とアニメの世界を融合させた物語に心が躍る」といった、既視感と新規性が組み合わさったことへのポジティブな評価がかなり多く見られます。つまり読者の多くは、GANTZ的な要素を「劣化コピー」としてではなく、「見覚えのある土台の上に、まったく新しい発想を乗せてきた作品」として受け止めているということです。これはまさに、パクリではなくオマージュとして機能している何よりの証拠なんじゃないかと僕は思います。
厳しい評価も含めて「比較される」ことの意味
もちろん、すべてが手放しの称賛というわけではありません。中盤以降の展開について「盛り上がりが続かない」「敵の目的やキャラクターが強い理由がはっきりしないまま話が進んでしまう」といった、辛口の指摘をしているレビューも少なくありませんし、連載中には長期の休載期間もありました。ただ、こうした厳しい意見の多くも、『GANTZ』という圧倒的な完成度を誇る名作と同じ土俵で語られているからこそ生まれているものです。凡庸な作品であれば、そもそも比較の対象にすら選ばれません。良くも悪くも『GANTZ』と並べて語られ続けているという事実自体が、『サンダー3』が持つインパクトの強さを裏付けていると僕は捉えています。
デビュー作だからこその挑戦
そもそも『サンダー3』は池田祐輝さんにとって商業デビュー作です。新人作家が、少年誌の看板を張れるレベルの高密度な作画と、独自のマルチバース設定を組み合わせて挑んできたこと自体、素直にすごいことだと思いませんか。先人の作り上げたジャンルの文法を土台にしながら、そこに自分だけのアイデアを積み重ねていく。これはまさに漫画の歴史そのものが繰り返してきた進化のプロセスであって、恥じるべきパクリ行為ではなく、堂々としたオマージュ、あるいは正統な進化のかたちだと僕は考えています。2026年夏にはテレビアニメ化も実現し、フジテレビの深夜アニメ枠で全国のお茶の間に届けられました。一過性の話題作で終わらず、メディアミックスにまで発展したという事実こそが、この作品が単なる二番煎じではなかったことの何よりの証明だと僕は思います。
「比較される」こと自体が入り口になる時代
個人的に思うのは、いまの時代「何かに似ている」という話題性は、必ずしもマイナスに働くわけではないということです。むしろ「実質GANTZらしいよ」という一言がきっかけで、GANTZ世代の読者が『サンダー3』を手に取り、逆に『サンダー3』から入った若い読者が「じゃあ元祖はどんな作品なんだろう」と気になって『GANTZ』にも手を伸ばす。そんな相互送客のような現象が、実際にSNS上のやり取りを見ているとちらほら起きているんですよね。パクリ疑惑という、一見ネガティブに見えるバズり方をしながらも、結果的には両方の作品にとって新しい読者との出会いを生み出しているとしたら、それはそれで悪くない巡り合わせなんじゃないかなと僕は思います。
まとめ
長々と語ってきましたが、最後に今回の内容を3つのポイントに整理しておきます。
ひとつ目は、『サンダー3』が写実的なCG背景や異星人とのバトル構造、さらには作画スタッフに関するネット上の噂も含めて、確かに『GANTZ』を強く連想させる要素を持っているという事実です。これは無理に否定するようなことではなく、素直に「共通点は多い」と認めるべき部分だと思います。連載初期からSNSで「実質GANTZ」と拡散されたのも、根拠のない言いがかりではなく、ちゃんとした理由があってのことだったわけです。
ふたつ目は、そのうえで『サンダー3』が「マルチバース」という独自の世界観、アニメの世界と現実が溶け合っていく発想、身体の小さい子供たちが異世界でだけ無双するという設定、そして子供パートと大人パートが並走する構成など、GANTZにはないオリジナリティをいくつも打ち出しているという点です。似ているのはあくまで入り口の部分だけで、物語の中身に踏み込むほど、まったく別のベクトルへと進化していっていることがわかります。
みっつ目は、ジャンルとしての共通点や既視感は「パクリ」という言葉で片付けてしまうにはあまりにも乱暴で、本来は「オマージュ」や「ジャンルの正統な進化」として捉えるべきだという視点です。著作権が保護しているのはあくまで具体的な表現であって、大まかな設定やモチーフではありません。読者レビューでも新規性への高評価が多く見られ、辛口の批判さえも『GANTZ』という業界屈指の名作と同じ土俵で語られるほどのインパクトの証だと言えます。
正直に言うと、僕はこの手の「実は元ネタがあるんじゃないか」と噂される作品ほど、実際に自分の目で確かめたくなるタイプです。「パクリなのかな」という疑いの気持ちで1話を開いたはずなのに、気づけばぴょんたろうたちの行方を本気で応援している自分がいる。そんな読書体験、なかなか味わえるものじゃありません。似ているところを探しながら読むもよし、似て非なる部分に驚くもよし。どちらの楽しみ方をしても損はしない、そんな読み応えが『サンダー3』にはちゃんと詰まっています。
まだ手に取っていない人は、この機会にぜひ1話だけでも読んでみてください。きっと途中で「ああ、これは確かにGANTZっぽいな」と思う瞬間と、「いや、これは全然別物だ」と唸る瞬間の両方がやってきます。そのギャップこそが『サンダー3』というSFアクションの醍醐味です。読み終える頃には、続きはもちろん、フジテレビ系で放送中のアニメ版まで追いかけたくなっているはず。今夜さっそく、その扉を開いてみませんか。
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