宇津井優一の鬱ブログ

うつ病になったらこうなる

介護実習でうつ病!患者にセクハラをされ恐怖!福祉系大学を辞めてしまった体験談!

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私は大人しめの性格の福祉系大学の学生の時の話です。

大学入学から友人ができるか不安でしたが、積極的に話しかけてくれる子が出来て、順風満帆な大学生活。

私に関わってくれる方は皆優しい人で、大学の友人だけでなく、高校時代の友人ともほぼ毎日のようにLINEでたわいもないことを話したり誕生日プレゼントを贈りあったりなど良好な関係。

楽しい大学生活がずっと続くと思っていました。

しかし私はコロナというパンデミックのせいで人間関係が悪くなってしまったことや、介護実習で患者さんにセクハラを受け真剣に将来の心配をしたことで、うつ病にまで追い込まれてしまったのです。

コロナで人間関係が悪くなってしまった

コロナが流行り、大学の友人となかなか会えない状態。

コロナに関する情報はここで確認して学び日々感染対策していました。

その溝を埋める為に以前からやっていたアルバイトを頑張ることに決めました。

コロナの強さはどんどん猛威を振るっていき、最終的にはアルバイト先の飲食店がコロナで売り上げ激減。

店長も精神的に頭を悩ましていました。

よくシフトが一緒だった私。

いつもより口調が強くなっており、今まで怒らなかったようなミスでもお客さんの前で説教するように。

「お客さんの前で怒るのはやめてほしい」

心の中でずっと葛藤していました。

それでも我慢する毎日。

普段なら友人がご飯に誘ってくれ、話の流れで悩みを聞いてくれるんです。

コロナの勢いがどんどん強くなっているのもあったし、内気な私だったため友人に相談すら出来ない状態でした。

夜になると落ち込むことが多かったです。

しかし、これくらいのことは誰にでもあることだ、自分が悪いのだと思い込んでいました。

介護実習で患者にセクハラされ病む

アルバイトで精神状態がピークの状態の中で大学で約3週間の介護実習に参加しました。

この実習が引き金となり、これまでのストレスも加えうつ病を発症したように思います。

実習は今回で2回目。

介護体験の意義ですとか、認知症についての大まかな知識だけを入れて体験に臨みました。

患者さんの中にはずっと机やタオルを口にふくんでいる利用者の方や、ずっとフロア内を歩き回っている利用者の方、奇声を発し続けている方、食事をせがんで怒っている方、同じ質問をひたすらぶつけてくる方、寝たきりで自力では本当に何もできない方などがおられました。

私が体験で行かせていただいたそのフロアの利用者の方は比較的重度の方が利用していて、以前の体験談とは違い、会話らしい会話ができなかったです。

見るもの全てが衝撃の連続だったのですが、一番嫌だったのが患者さんにべたべた触られたり、暴言も吐かれてしまったことです。

職員の方は当たり前のように仕事を黙々とこなしていて本当にすごいなーと思いました。

介護の仕事をちゃんと出来るかという将来の不安

実習記録も書き終わり夏休みに入りました。

憂鬱・・・。

このまま介護の道を進んでいいのか本気で悩みました。

辛かったらやめればいいなんて甘い気持ちではダメだという思いが私にはありました。

理由は大学の学費です。

決して裕福な家系ではないのですが、私が介護の道に興味があると言ったので親が生活を削って大学に入れてくれました。

親の気持ちを思うと最後まで絶対やりきって、就職しようという思いがありました。

私はその罪悪感から眠れない日が続いていました。

それから数ヶ月。

ある日大学の授業を迎えようとした時、自分の歩き方や姿勢がおかしいことに気が付きました。

不眠、焦り、歩行障害、聴覚過敏、食欲減退

体が左に傾く、右足が勝手に動いたり重く感じました。

次第に耳が過敏になり外に出ることが怖くなりました。

授業中何故か涙が止まらなくなり、教室を出たり入ったりする日が続きました。

そのうち食事もろくに取れなくなりました。

お腹が全く空かず、食べ物を考えるだけで吐き気がしました。

何か食べなければとプリンやゼリーなどを食べて過ごしていました。

いつの間にか体重は7kg減りました。

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実際に介護職でうつ病になった体験談はこちらから読めます。

大学を辞めざるおえないうつ病の恐怖

私は両親に全てを話しました。

1ヶ月後私は実家に帰ることになり、そのまま休学の手続き。

申し訳ない気持ちと、自分の情けなさでさらに落ち込む。

両親は「気にしなくていいよ、もっと早く言ってもらいたかった」と言ってくれました。

実は母親が一度うつ病を体験していたので、症状から心療内科を受診することを進めれそのまま受診。

主治医にはうつ病と診断されました。

母親はやっぱりと言わんばかりの表情をしていました。

私の気持ちを理解してくれる母親。

毎日私に寄り添ってくれました。

理解のある母親のおかげで社会復帰

その後通院の日々が続きました。

うつ病を熟知している母親は、私を強制的に行動させようともせず、暴言なども一切はかない対応をしてくれました。

おかげで精神的に落ち着いている日が増え、食事も自分で用意することは難しいですが用意されたものは食べられるようになりました。

診断されてから3ヶ月で回復。

もっと早くから友人や親に連絡をしていたら、こんなに悩まず済んだかもしれません。

しかし病気をきっかけに、もっと素直になろうという決意もしました。

現在は大学を辞め、介護の道を辞めて事務職に就職。

感謝の意味も込めて、給料がもらったら多めに家に入れるように心がけています。

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