宇津井優一の鬱ブログ

うつ病になったらこうなる

うつ病は適応障害から併発で発症してしまった!

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うつ病は適応障害から併発で発症してしまった!

 うつ病から始まったわけではなく、私の場合は適応障害から始まりました。

気が付くころにはもう始まっていたのかもしれません。 私は高校を卒業してすぐに社会に出て働く道を選びました。

最初に受け入れてくれた会社は、家から近くにある工場でした。

アルバイトを経験してなかった私は、不安でしたが働くのを楽しみにしていました。 

4月になり、人生で初めての仕事を経験しました。

初日には丁寧に教えてくださり、休憩時間には楽しく話も出来て悪い印象はありませんでした。

私も頑張って働こうと思って仕事をしました。

しかし、数か月がたちましたが仕事に全然慣れずにいました。

周りの人からは「できてない。」「欲もやる気も見られない。」と言われていきました。

それでも私はまた数日間働きました。

 ある日の朝、仕事に行くために朝起きると涙が止まらない私がいました。これが始まりということを私は知りもしませんでした。

涙が出ても仕事に行く日もありましたが、どうしても行けなくて動けない日もあり休みが増えていきました。

喉がつっかえてご飯を食べるのも一苦労しました。

1日1食の生活を数日続きました。そして、とうとう私は「体調不良が続くので仕事を辞めさせてください。」と社長に伝え、次の日に退職しました。退職したとき少しだけ心が軽くなった気がしました。

 それからは半年間、実家で自宅でほとんど引きこもっていました。

毎日が憂鬱で朝起きても調子が悪く、夜も寝る前には嫌なことが頭をよぎり泣いていました。

実家にいたので親の目も怖かったです。

親からは「就職先見つかったか?」そういわれ続けてプレッシャーをかけられている気分でした。

何もしていなくても疲れて体が怠く、外に出るのにも頑張らないと出られませんでした。 

そんな生活をしていたとき、親から「派遣でもいいから仕事行ってみない?」と言われました。

私は派遣という選択肢は頭に入れてなかったので登録だけでもと思い、父に連れて行ってもらいました。

登録を済ませて派遣の求人を見ていると父が「この会社に行ってみたら」と言うので、やりたいことがなかった私は父の言うまま初めの会社とは違う工場に派遣としていくことになりました。 

その会社でも頑張って働こう精神でいましたが、半年間も何もしていなかった私は初めはすごくきつかったです。

職場の年上の女性が仕事中におしゃべりしているのにイライラして仕事がうまくいかないときもありました。

年上の女性しか職場にいなかったので話す内容も全く合わず、どんどん周りから話をされなくなりました。

孤立していった私はまた、朝起きると泣くことになりました。
仕事を休み、精神科に行くことにしました。

そのときに朝涙がでて仕事ができないことを伝えると適応障害だといわれました。

適応障害とは原因があってそれがストレスになっている病気だと告げられ、前の仕事もそうだったのかと思いました。

派遣会社に適応障害と伝えてやめることができました。 

そこから、鬱の症状が出てき始めました。

仕事をやめて適応障害の原因と離れても私の心が晴れることはありませんでした。

初めの会社のときと同じような症状が出てやめてしまった自分を責め続けていました。

毎日を生きていくことが辛く、早く消えてしましたいと思う日もありました。

 今でも私は病院へ通いカウンセリングを受けています。カウンセリングで話を聞いてもらっていると消えてしまいたいと思わなくなりました。

焦って仕事を探して、焦って仕事をしていたのかなと、今は思います。

少しづつではありますが外に出てカウンセリングを受けつつ社会復帰をしていきたいと思っています。

仕事もフルタイムではなくパートタイム等を探して自分に合った働き方で無理をしないようにやっていこうと思います。

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